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2005年2月

2005/02/27

アネクドテン 東京公演

anekdoten00スウェーデンのロック・バンド、Anekdotenの8年ぶり2度目の来日公演を2月25、26日に東京キネマクラブで見た。前回の来日の時は全く知らなかったのだが、後にデンマークの友人からライブ・イン・ジャパンのCDの購入を頼まれて初めて聴き、なかなか良かったのでCDを揃えたりしていた。所謂キング・クリムゾンのコピー・バンドから初めたらしく、ファースト、セカンドの曲には随所に72~74年のキング・クリムゾンを露骨に思わせるフレーズが満載である。メロトロンの全面的な使用もまさにクリムゾン風で、少々笑えてしまえる程。82年にマリリオンが登場した時もガブリエル時代のジェネシスの露骨なエピゴーネン・バンドとしか思えず、失笑していたのだが、サードあたりから本物らしく思えるようになった。こういう音楽が好きだという信念と誠実な態度で音作りに挑んできた成長の結果がアルバムに垣間見えたのである(今ではマリリオンのUKファンクラブの会員になっている)。よく考えれば、ビートルズ、ツェッペリンの昔からロックというものは黒人音楽のおいしい部分をただ露骨にパクっていただけで、当然のことながら、それプラス・アルファの要素がバンドのアイデンティティーになりうる。アネクドテンも然りで、音的におもしろい程度のものが3rd、4thで随分と自己のサウンドを確立できてきたと思うようになった。特に3rdの"From Within"が好きで、この曲からの演奏を期待してライブに挑んだ。

日本側のスタッフが本物のメロトロンを3台用意したようで、メロトロンを生で見たことのない観客の多くが、開演前に傍に寄って携帯電話のカメラで伝説の楽器を写していた。私も80年代に関西のバンド「夢幻」のライブとコペンハーゲンで見たTim Christensenのライブでしか本物を使っているところを見たことがない。『テルミン』『ムーグ』というドキュメント映画があるので『メロトロン』という映画も作ってほしい。

両日ともステージは2部構成で、間に20分の休憩を挟んで3時間以上に及び、主要な曲はほぼ全て演奏された。大好きな3rd収録の"hole"も大迫力の演奏。この曲ほど大仰な曲調とメロトロンがマッチした曲はそうざらにないだろう。キーボーディストのAnna Sofi Dahlgrenが使用したメロトロンは素晴らしく安定していて、中身はデジタル・キーボードなんじゃないかと思う程綺麗に鳴っていた。ドラマーとギタリストと3人で3台のメロトロンを弾く曲があったが、ピッチが不安定で音がうねりまくっていたメロトロンがあって、これぞ本来の姿なのかと納得したりもした。

間の休憩と長い演奏のおかげで、2日目は大阪へ帰る終電の時間となり、2度目のアンコールを見ることが出来なかった。若いんだから休憩せず続けてほしかった気もするが、プロで食べているバンドではなさそうだし、長尺のライブには慣れていないのだと思う。しかし今回は十分満足のいく内容だった。

今回はこれでもかといわんばかりのメロトロンの洪水で、そればかりが印象に残った感じだが、4thアルバムでは、メロトロンを控えめにして、むしろファルフィッサなどのオルガンサウンドを主体としているので、今後のサウンドの変貌も注目したい。

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2005/02/05

ブライアン・ウィルソン 大阪公演

smile99年のソロ初来日、2002年の『ペット・サウンズ』完全再現ツアーに続いて3度目のブライアン・ウィルソンを2月3日、大阪厚生年金会館で見た。今回は昨年2月にロンドンで初めて完全版がライブ演奏され、9月にスタジオ盤がリリースされてしまうまで、37年間以上タブーであり伝説の聖杯であり続けたSMiLEのライブ完全再現ということで、会場中にピリピリした緊張感が漂っていた。事情を知っている人は多いと思うので、書かないけど、レコード会社の圧力やビーチボーイズのメンバーの無理解による66年のSMiLE製作の頓挫こそがブライアンを長年に渡って向こうの世界へ連れていってしまった悪夢の始まりであり、ツアーへ完全復帰した98年以降も消し去るべき忌まわしき記録であり続けたはずである。『ペット・サウンズ』のライブ再現の成功がきっかけで、スマイルのスタジオ新録音へと発展したのだろうか。ともかくスタジオ盤は昨年世に出た。今回はそれを大阪で生で体験。初来日が実現した頃でも考えられない事態である。

1999年のソロ初来日公演はまず「ブライアンがそこにいる」ということが重要で演奏、歌唱力は二の次でしかなかった。しかしそれは百も承知で何がなんでも見なければと思って気合入れてチケットをとった。彼の自伝を読んで、あまりの凄まじさに私も月の裏側に連れて行かれかけた経験があるからだ。本当の心の苦痛というものがどういうものか。その全てを味わって死なずにこちら側に帰ってこられる人間がはたしているものか。この自伝ほど思い知らされるものを知らない。実際にコンサートで見たブライアン・ウィルソンが、自分を本当に理解してくれている聴衆の前でプレイすることを心の底から楽しんでいることが分かった。

2002年2月に出張先の名古屋で見たブライアン・ウィルソンのコンサートは99年の復帰来日公演ほどの熱い感慨はなかったけど、ブライアンもかなりの場数をこなしたので調子も前回よりずっと良くなっているだろうという見る前からの確信があった。実際、何をやっても、どんな完成度であろうと許されるほどひたすら舞い上がって聴いてた前回よりは格段と完成度が高いライブだった。第2部は『ペット・サウンズ』の完全演奏だったし。『ペット・サウンズ』の完全演奏ということはロック界最初のコンセプト・アルバムの完全演奏ということで、それはもう何物にも替えられない価値を持っているのだ。

そして、今回のスマイル完全再現。ホーンやストリングスも加えた19人編成。『ベジタブルズ』では大根やネギで演奏。ブートレッグやコンピレーションに収録されていた未発表音源から空想するしかなかった作品の全体像が、昨年のスタジオ盤で具体化され、さらに「人間が演奏できる」ものへと明確化されていく。Surf's Upの美しさ、哀しさには満場の拍手。最後はフル・スタンディング・オベーションで観客に迎え入れられたこの作品。でも、これが通常のポピュラー音楽を超越した人間の手に余るもの、1960年代ではまず音楽ファンに受け入れられなかったものであっただろうことが確信されてくる。これが当時世に出ていたら、ビーチボーイズは解散するか、ブライアンが脱退していたかもしれない。もしブライアンの精神力が保たれていれば、彼はフランク・ザッパのようになっていたかもしれない。大好きなルイス・シャイナーのSF小説『グリンプス』に、自分自身が音楽のタイムマシンと化した主人公が60年代のブライアン・ウィルソンに会いに行ってスマイルをなんとか完成させようとするという話があるけど、それは2004年に本当に実現してしまった。時空を超えたSF的な奇跡を感じ取ったライブだった。
風邪をひいていたようで、ブライアンの声の調子は東京公演よりかなり悪かったようだ。歌声は初来日の時のように不安定な気がした。しかし、指揮者のように手を振って、大所帯のバンドを完全にコントロールしているのはまさにブライアンであり、なんとなれば、歌わずに指揮をしているだけでも充分にブライアンの音楽と感じ取れるものだった。

奇跡の音楽。失われた年月に対して報われるものがあると分かった時、泣くことなしに彼の音楽は聴けない。

(1st stage)
Surfer Girl
Wendy
Add Some Music To Your Day
Please Let Me Wonder
Drive In
And Your Dreams Come True
Your're Welcome
Sloop John B
Desert Drive
Dance Dance Dance
Hawaii
California Girls
God Only Knows
Forever
Good Timin'
I Get Around
Sail On Sailor
Marcella
(intermission)

(2nd stage)
**SMiLE (All Songs)**
Prayer/Gee
Heroes And Villains
Roll Plymouth Rock
Barnyard
Old Master Painter/You Are My Sunshine
Cabin Essence
Wonderful
Song For Children
Child Is Father Of The Man
Surf's Up
I'm In Great Shape/I Wanna Be Around/Workshop
Vega-Tables
On A Holiday
Wind Chimes
Mrs. O'Leary's Cow
In Blue Hawaii
Good Vibrations

(encole)
Do It Again
Help Me, Rhonda
Barbara Ann
Surfin' U.S.A.
Fun Fun Fun

(2nd encole)
Love & Mercy

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