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2006/12/10

007 カジノ・ロワイヤル

Casinoroyale01キャスティングやボンド誕生を描くという内容で、事前より古くからのファンからは非難轟々だった21作目、『カジノ・ロワイヤル』を見た。イアン・フレミング原作の第1作目の映画化で、1967年に一度別会社のコロンビアが映画化しているが、これは原作からは名前を借りただけのパロディ作品(小学校の時テレビで放送されて初めて見たが、これはこれでハチャメチャなところが好きな映画である。私のバート・バカラックおよびウディ・アレン初体験でもあった)。今回コロンビアを買収したソニーが、イオン・プロの所属したユナイテッド・アーティストを買収したMGMを買収して(超ややこしい)版権がクリアになり、映画化に至った。

まず非難を承知で全てをリセットして1からやり直すという大英断を勇気を持って実行したイオン・プロのバーバラ・ブロッコリ&マイケル・ウィルソンに拍手を送りたい。ブロスナンを降板させ、ダニエル・クレイグを新ボンドに抜擢した時点で、これ以外の展開と脚本で話を進めていたら、誰も満足させることのできないマンネリ・シリーズの煤払い的な作品にしかならなかったであろう。本作は前20作とは独立したものではあるが、比較したとしても『女王陛下の007』に匹敵する最高傑作と個人的には思える。

もはや40年以上続くシリーズの時間軸を考えるのはナンセンスで、せいぜい7作目の『ダイヤモンドは永遠に』と、ロジャー・ムーア・ボンドがブロフェルドに殺された妻のトレーシーの墓参りをする12作目の『ユア・アイズ・オンリー』までが限界だった。サザエさんや水戸黄門の域から逃れるには「今までのはなかったと」にして、時間軸をリセットし、最初から作るしかなかったのだろう。

その偉大なるマンネリを愛するボンド・マニアを満足させる登場人物であるマネペニーもQも(ついでにいえば幕僚主任ビル・ターナーも)出てこず、お約束の新兵器類も登場しない。完全に初心に戻ろうというのだ。しかし、原作どおりCIAのフィリックス・レイターは、ボンドと初対面という形で登場する(黒人になっているけど)。だがMが前4作を演じたジュディ・デンチであるというキャスティングが、いささか混乱を招いているのも事実だ。

リセットされたとはいえ、イオン・プロの伝統的な作風は音楽、美術、セット、ロケーションに至るまでそのまま受け継がれている。(製作者ケヴィン・マクローリによる版権問題で別会社で作られた『サンダーボール作戦』のリメイク、『ネバー・セイ・ネバー・アゲイン』にはこの空気をマネしようとしてしきれていない部分が大きかった。)

10代前半のうちにイアン・フレミングの原作は井上一夫の邦訳で全作品読破してしまった原作派だったので、時代考証を除けば原作にかなり忠実な本作は、タイトルのみ拝借していた非現実的な『私を愛したスパイ』などより遥かに納得できる内容である。原作派を味方に付けるのは成功への重要な鍵である。もっとも、原作にほぼ完璧に忠実で、ハードコアなマニアの多くが最高傑作に挙げる6作目『女王陛下の007』は一般的な人気は無く、興行的には失敗しているのだが・・・(コネリー・ボンド時代は別格といえば別格なのだが、1作目から月ロケットを撃墜するという荒唐無稽なものだったし)。

原作への忠実を徹すれば、007に昇格したばかりのボンドの拳銃はベレッタで、車はベントレーでなければならない。Mはサー・マイルズ・メサーヴィ海軍中将でなければならないはずであるが、アップ・トゥー・デートされて新たに誕生したことになったボンドは最初から最新型のワルサーを使い、アストンマーティンの未来モデルに乗る。Mも女性である。これは興行的に成功させる為の必須条件だっただろう。

少しだけ残念な部分は、007がもはや「少年のカッコイイ大人への憧れを夢見させてくれるファンタジー」ではなくなってしまったことである。かつて秘密兵器やボンドカーのミニカーなど007関係の子供向けオモチャが世界中に溢れていたことがそれを証明していた。小学生低学年で日曜洋画劇場で初めて放送された『007ゴールドフィンガー』を見た時の衝撃は、その後の全人生に限りなく影響を与えてしまった。そういう人が世界中にゴマンといるはずで、007とは少年の夢であり、現実に疲れた中年の逃避行であり、成金の贅沢趣味の手本であった。今回からはその最初の部分が抜け落ちてしまい、リアルでユーモアのない未熟ながらも本物の「男であり大人の」ボンドを描いている。クレイグはぴったりとその役にハマり、これが本作品を成功に導いたのだ。

このことは大量の女性ファン獲得に繋がるだろうというのも事実。ラブ・ロマンスとしても完璧。ボンドガール=エヴァ・グリーンも個人的には歴代最高の美しさと感じた。ブロスナン時代はボンドガールがダメだった・・・。

クリス・コーネルの歌うテーマ曲も、トム・ジョーンズの『サンダーボール作戦』以来の男気溢れるもの(デュラン・デュランやA-HAにそれは無かった)。そしてタイトル・バックからは伝統的な女性のシルエットが消えている。


2chにも書いたが、あの伝統的なガンバレルが、ボンドの最初の殺しのシーンだったというのは完璧なアイデア。だが、便所で射殺だったとは・・・。これから過去20作のオープニングを見る度に「これは便所で撃ってるんだなー」と萎え萎えな気分になりそう。

とりあえず2回見たが、あと2回は見に行く予定。

P.S.
今年劇場で見た映画ではベスト3に入る、クレイグ出演の『ジャケット』のエンディング・テーマ曲が、本作の作曲者デヴィッド・アーノルドが編曲し、イギー・ポップがカバーした『女王陛下の007』の編入歌『愛はすべてを終えて』だったのは、奇跡的な偶然。

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コメント

こんばんは。
ミーハーな動機で観に行ったカジノ・ロワイヤルですが、
とてもおもしろかったですー。
おっしゃるように大量の女性ファン獲得が成功した模様ですー。
こちらのレヴューを読んで、成功のポイントもよーくわかりました。
大変勉強になりました♪

投稿: かえる | 2006/12/11 01:24

こんばんは!訪問遅くなりすみませんm(_ _)m
007シリーズのことをほとんど語れない私なので、
tangerineさんの記事を大変興味深く読ませていただきました。
> これから過去20作のオープニングを見る度に
>「これは便所で撃ってるんだなー」と萎え萎えな気分になりそう。
うはは、カッコイイのに便所(笑)
6作目も観たことがないので、機会があれば是非観てみたいです。
クリス・コーネルのテーマ曲、ねちっこくて耳に残りますよねー!
家に帰ってから久々にSOUND GARDENの「Super Unknown」を聴きました。
ダニエル・クレイグもカッコイイし、もう一度観たくなる作品でした。
また寄らせていただきますね。

投稿: いも | 2006/12/13 23:41

ごぶさたしてます。
カジノ・ロワイヤル、まだ観てないですね。
ポスターのダニエルの顔が、なんか中途半端で
イケてないのが引っかかってました。
このエントリーを読んだら観に行きたくなりました。
早めに足を運びたいと思います。

投稿: BGY | 2006/12/15 00:05

>かえるさん
どうもです。かえるさんが007を見るなんて、違和感あったんですが、生クレイグを見られたのですね。いいなー。女性ファンが増えるのはめでたいです。

>いもさん
毎度どうもです!サウンド・ガーデンも守備範囲だったのですね。私も聴いてみます。コーネルの曲最高です。拷問シーン痛すぎます。

>BGYさん
ども。クレイグの外見、確かにイケてないです。どちらかというとボンドの敵のスペクターの悪者顔ですなー。よりによってなぜこいつが?と思っておりましたが、本編を見てみると、終盤にかけてぐっと魅力的になってきます。大人の007が久々に見られて幸せでした。

投稿: tangerine | 2006/12/21 00:34

tangerineさん、はじめまして。

私もこの作品は大成功だと思います。最近、映画見ていると途中で寝てしまうことが多いのですが、ハラハラドキドキでした。
クレイグさん、ただのオッサン風でありながらかっこよく、青い目と風貌がスティーブマックイーンに通じるものがあると思ったのは私だけでしょうか?(^^;

ボンドガールの裏切りの「実は」という理由が開示される場面、Mとの電話だけで短く「畳み掛けるように」されるだけなのがちょっと残念でした。

投稿: マット | 2006/12/24 15:35

突然で申しわけありません。現在2006年の映画ベストテンを選ぶ企画「日本インターネット映画大賞」を開催中です。投票に御参加いただくようよろしくお願いいたします。なお、日本インターネット映画大賞のURLはhttp://www.mirai.ne.jp/~abc/movieawards/kontents/index.htmlです。

投稿: 日本インターネット映画大賞 | 2006/12/26 22:27

>mattさんどうもです。
クレイグがスティーブ・マックィーンに通じるものがあるというのは本当ですねー。生まれ変わったボンドとして新たにスタイルを確立していってくれると思います。

アストンマーチン、見てこられたんですね。いいなー。惚れ惚れするようなシェイプですね。子供騙しの武器が付いてなくて、ハイテク救急医療キットがついてるのが素晴らしいです。

投稿: tangerine | 2006/12/27 16:05

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