デヴィッド・リンチ 『インランド・エンパイア』
デヴィッド・リンチ監督の待望の新作『インランド・エンパイア(Inland Empire)』が公開され、梅田ガーデン・シネマにおいて、1日おいて2度観賞。劇場前に特設コーナーが設けられるほどの力の入れようだが、両回とも4~5人の観客が脱落して途中退場し、2回目の時は約2名がイビキをかいて寝ていた。
あえていえば「ホラー映画」のジャンルに挙げてもいいかも。個人的には、ここ数十年で見たどのホラー映画よりも恐怖した。クローズアップの多用と現代音楽と不協和音のノイズに満ちた音響が、 約3時間悪夢のフラグメントを紡いでいく。
最初見た時は、あの『マルホランド・ドライブ』が明快な普通のドラマに見えるほど入り組んでいて、お手上げ状態だったのだが、2度目はかなり世界観を噛み砕くことができた。
リンチのファンは、新作を壮大なイベントとして楽しむことができるだろう。フェリーニの映画が「映画」ではなくて「フェリーニ・ショー」と呼ばれたように、リンチの作品は映画であって、映画でなく、唯一無二のリンチ・ショーなのだ。本人曰く「ビッグ・フィッシュを釣り上げた成果」。
しかし大枚叩いて「映画」を見に来た普通の人は、『マルホランド・ドライブ』のパイロット版を見たABC上層部のように戸惑い、怒るだろう。怒りのあまり椅子を蹴り上げて出ていった人もいた。終了後、深い失望をあらわにしていた老夫婦もいた。まっとうな意見だ。しかし、この訳のわからない映像と音響のノイズの嵐にどっぷりハマる少数の人も確かに存在するだろう。
リンチは「映画」よりも「TVシリーズ」に固執する。「結末」を考えずに、自分でも結末を知らない様々な無理無謀な「複線」を貼って、物語を混乱させることが楽しいからだ。リアルタイムで見ていた『ツイン・ピークス』が終盤、それまで一生懸命見ていた視聴者をないがしろにして、まったく別の次元の物語に脱皮し豹変したことがこれを証明している。前作『マルホランド・ドライブ』も、そのようなTVシリーズを目指したが、お倉入りとなり、仏映画会社が映画として配給するにあたって、追加収録で無理にでも結末を作る必要性に迫られた。そしてそれは、ある日ふと湧き上がってきて、奇跡的に完璧なオチをつけてくれた。
今回の『インランド・エンパイア』は、ろくな脚本が存在せず、リンチは4年かかって、湧き上がったアイデアを好きな時に好きなだけコツコツと撮影していった。これを可能にしたのは、撮影に使ったSONY PD-150という、家庭用ビデオカメラに毛が生えた程度のシロモノで、軽いし便利で経済的だが、やはり細部のピントが甘い。今回、「仕方ない」と思いつつも、ずっと映像の「キレ」の無さが気になった。
ハリウッド映画の撮影に入った女優と男優が、実はその作品が未完に終わったポーランド映画『47』のリメイクで、主演の2人が殺されているということを監督から聞かされ、それ以降女優は悪夢の迷宮へと吸い寄せられていく。
最初に出てくるテレビを見ながら泣いている女性が全ての事象のキーパーソンであることは明らかで、彼女の働きかけと、それを阻止しようとする力がローラ・ダーン演じる女優=主婦=娼婦を触媒として対決する。
ある複線のカギとなる「ウサギ人間たち」と「ポーランド」。これが実にリンチしていて不気味。
裕木奈江は、ラスト近くにとってつけたような役柄で登場し、長回しの台詞を披露。エキストラのオーディションを受けて落ちて、それでも帰りのリンチい挨拶に行ったら、一目で役を得たとのはなし。うーむ実にリンチしてる。早稲田の学祭で1992年11月03日にやったライブを見られなかったのは未だに無念なところ。同じ頃、早稲田ではCoCoのメンバーや、キーウェスト・クラブ(中谷美紀のいたアイドル・ユニット)のライブを見ていたのに・・・。
最後の大団円的なダンス大会では、話の中でしか出てこなかったファントムの義足の妹や、裕木奈江の友人の金髪のウィグで猿を飼っているミコも登場。ついでにナターシャ・キンスキーも出てくるというサービスぶり。
映画館で噂のリンチ・ブランドのコーヒーが限定で売られたらしいが、私が見に行った時はすでに完売し、パンフ以外のグッズではマウスパッドのみ販売されていた。豆がそのまま入っているらしく、どっちみちミルがないので、そのままでは飲めなかったのだが。
コーヒーは多数のリンチ映画で重要な小道具として登場し、今回も"It's all in the beans.... and I'm just full of beans"というシャレた台詞が登場する。
蛇足だが、個人的に幼少の頃、はじめてコーヒーという飲み物の存在を知ったのは、ウルトラセブン第43話『第三惑星の悪夢』においてである。機械人間に征服された惑星で、人間の女性秘書が入れたコーヒーを一口飲んだ機械上司が「ぬるい!砂糖も多い!」と、人間秘書を張り倒すシーン。これも悪夢の話だった。
コーヒーを含むリンチ論を楽しく読めるオヤジ本としては滝本誠氏の「コーヒーブレイク、ディヴィッド・リンチをいかが」が楽しめた。滝本氏はロバート・フリップのソロ・アルバム各種のライナーノーツがツボにハマって以来のファン。
炎天下の午後に冷房の効いた暗い映画館で見るのにピッタリの作品。
この夏のマイ・イベントとして、あと数回は映画館に通い詰める予定。
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コメント
お久しぶりです。
既に2度ご覧になったなんてスバラシイ。
私も3回くらい観たら、その世界観を噛み砕けるようになるでしょうか・・・。
ま、全体像がわかんなくても、ポイントポイントがツボでした。
コーヒーがいつも重要な小道具として登場しているとは知らなかったかもデス。
その滝本氏の本もおもしろそうですね。
NAEもなかなかよかったと思いますー。
投稿: かえる | 2007/07/27 17:40