« 2011年3月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年4月

2011/04/18

UK 川崎クラブチッタ 2011年4月16日

Ukcitta01Ukcitta02UKの32年ぶりの再結成日本公演を4/16に川崎クラブチッタで見た。できれば3回とも見たかったが、とりあえずチッタは初日より2日目が良いとの定説があるので、2日目1点買い。

やはり日本でのUK人気は凄く、disc unionでの先行販売は早朝から長蛇の列で、あっという間に売り切れたそうで、チッタの先行抽選に外れてしまい、二次抽選になんとか当たって最後から2列目の真ん中から鑑賞。

多くのミュージシャンが震災の影響で来日を中止する中、絶対来るとの意思を表明してくれたことが本当に嬉しかった。

当日午前中にも余震があり、新幹線が遅れるかもしれないので早めに出発。開場1時間前に到着。先行でパンフレットとTシャツを購入。パンフはしょぼい内容だったが、せっかく来てくれたUKと呼んでくれたチッタへの感謝の気持ちで。チッタの映画館横のジェラート屋でアイスクリーム食べながら時間をつぶす。

開場時間となって再びチッタ前に。長蛇の列皆中年で、若者ほぼ皆無。初来日当時18歳だった美形好きプログレ少女達も、今は50歳のはずだから仕方ないですねー。

一緒に見るはずの大阪の友人は品川で余震の影響で電車が止まってしまい、開演ギリギリに到着。「あんなに走ったのは何年ぶりか」というくらい走ったそう。

スタッフがホーム・ビデオで客席を映して煽ったりして盛り上がり、いよいよ開演。モールス信号のようなリズムと共にエディ・ジョブソンとジョン・ウェットンが登場して、堅い握手。続いてマルコ・ミンネマンとアレックス・マカチェックが登場。そのままリズムが『闇の住人』のダッダッ、ダダッダのイントロに変わって演奏開始。

"In The Dead Of Night"は94年のウェットンのソロ公演やUKZ、UZPでも聴けたが、ついに本舗UKで聴けたという感動の爆発が開場中に伝わる。しかも組曲となっている"By The Light Of Day", "Presto Vivace And Reprise"付きという完全な形で演奏されるとは。

ジョブソンの演奏はUKZと同じくテクニカルで非常に安定している。ミンネマンはテリー・ボジオとは違う次元で手数が多い。テリー・ボジオとの初来日公演でもホールズワースのフォロアー的存在をアピールしていたマカチェクは複雑なホールズワースのフレーズを難なく弾きこなしていた。

ウェットンのゴリゴリ音のベースもUK時代そのもの。歌はコーラスが無い分、歌い分けパートに難があったったが、エコーでごまかさずに生々しさがあった。誰かコーラスできなかったのかなー。かつて2000年代初頭にアル中でボロボロになった時代を経て、エイジアのリユニオンで完全復活し、昨年のエイジアでは過去最高の歌声を披露してくれたウェットン。やはりUK再結成にこれだけの時間がかかったのは、それなりに必然性があったのだろう。ただ、リハーサル嫌いで有名なウェットンだけに歌詞を忘れたり歌いだしのタイミングを間違ったりはしていた。

"Danger Money"の後にエディが挨拶、遂に来日できて嬉しいことと、このツアーにジョンが参加してくれて嬉しい旨、ポーランドでの2009年のツアーにも参加してくれたことがUKの30周年記念のライブに繋がっていると言って"Thirty Years"を演奏。

そのまま"Alaska"のイントロの重低音が響き、メドレーの"Time To Kill"まで演奏。UKZ, UZPでは"Time To Kill"は演奏されなかったので嬉しい。エレクトリック・ヴァイオリンも冴え渡っていた。

今回のライブではブルー、グリーン、透明の3種類を使っていた。透明はUKZ、UZPでは使っていなかったはずなので、カーヴド・エア時代からのオリジナルを持ってきたのか、リメイクしたのか・・・。やはりUKは透明ヴァイオリンが似合う。

「ジョン・ウェットンがいるので偉大なキング・クリムゾンの曲をやります。」とエディがMCをして"Starless"が演奏される。去年の UZPでもプレイされた曲。ジョンの歌は素晴らしい。途中の火の出るようなインストパートはやはり演奏のレベルの高さを証明していた。最後のパートのギターの入りをちょっと間違ってしまったのが惜しかったけど。凄い拍手がいつまでも続き、遂にウェットンお約束の「キミタチ、サイコダヨ」が出て観客大喜び。

続く"Carrying No Cross"はUKZ, UZPでも演奏されており、ほぼ同じ感じだったが、ウェットンがこの難しい曲を覚えなおしたのは大変だったろう。

続いてのドラム・ソロはテクニカルだったけどUKとしてはまあ要らなかったかもしれない。エディのヴァイオリン・ソロも明確なテーマが無く抽象的なノイジーなソロだった。UK終焉期のブートを聴くと、エディのヴァイオリン・ソロのコーナーで、既にシーケンサーを使って"Zinc" の"Nostalgia"をやっていたので、これをやればよかったかなーと。UKZの初来日ではやってくれたのだが・・・。

ウェットンのソロではアコースティック・ギターで"Book Of Surday"を弾き語り。このパターンはエイジアの1990年の再結成公演と同じで、とにかく歌声が素晴らしく響いていた。

再度ジョブソンが「UK時代には1度もプレイしなかった曲をやります。たぶん難しすぎたから。」と紹介して"Nevermore"をプレイ。これも去年のUZPで演奏されたもの。ホールズワース主体の曲なので、マカチェクのプレイが炸裂する。ミンネマンのプレイもなんとなくブラッフォード風。

クリムゾンのカバー3曲目は"One More Red Nightmare"で、UZPのライブ・アルバムに収録されている。楽曲が素晴らしいがクリムゾンでは演奏されておらず、ようやく聴けた生の迫力は半端でなかった。そのまま途切れなく"Caesar's Palace Blues", "Sahara Of Snow Part.2"とUZPライブCDどおりの構成が続いた。『シーザス~』のエディのヴァイオリンは何回聴いてもとにかく凄い。お約束的になってきた『雪のサハラ Part2』への繋がりもいつもどおり。一緒に見た友人は『サハラ・オブ・スノー』は、もうメドレーでやらなくていいと言ってたけど。

アンコールに遂に「UK!UK!」のライブ・アルバム・コール。当然、前日にやった"Night After Night"と思っていたのに、なんと前日やらなかった"Nothing To Lose"をプレイ。日本公演で『ナイト・アフター・ナイト』やらないのは、ちょっと考えられない!他に削っていい曲があったはず。ウェットンのボーカルで聴けるのを楽しみにしていたのだが・・・。

しかし、しかし、プログレ・ど演歌の『ナッシング・トゥー・ルーズ』も、凄い迫力でなかなか素晴らしい演奏だった。ウェットンの声の伸び伸びしていること。2時間たってこれだけ歌えるとは。イントロのビーラーラーラーというシンセを聴くとつい「にーげーたーにょーぼーにゃ」と歌ってしまう・・・。ヴァイオリン・ソロもライブ・アルバムを彷彿させる素晴らしいものだった。キーボードへの移動のためのベースのリフレインも79年どおり。

ダメ押しで、UK最大の難曲で個人的に一番好きな"The Only Thing She Needs"。この曲にアンコールまできてウェットンが付き合ってくれることに感謝。勿論最高だった。

割れるような拍手とUKコールで、メンバーが再度挨拶し、ウェットンとジョブソンだけが残り、ジョブソンのピアノ(音色のキーボード)とウェットンのボーカルだけで"Rendezvous 6:02"を静かにプレイ。このアレンジは1990年のエイジアでのジェフリー・ダウンズのピアノだけで歌った時と同じ。しかしジョブソンは感想の超絶テクニカルなパートも難なく弾きこなした。このライブの終わり方は感動的だった。

急げば新幹線に間に合ったかもしれないが、疲れたので友人と川崎のホルモン焼き屋で打ち上げ。川崎駅のビジネスホテルで一泊して帰阪。

長年夢にまで見た素晴らしいライブを体験させてくれたUKに感謝。

Eddie Jobson / Keyboards, Electric Violin
John Wetton / Vocal, Bass, Acoustic Guitar
Alex Machacek / Guitar
Marco Minnemann / Drums

・In The Dead Of Night
・By The Light Of Day
・Presto Vivace And Reprise
・Danger Money
・Thirty Years
・Alaska
・Time To Kill
・Starless
・Carrying No Cross
・Marco Minneman Drum Solo
・Eddie Jobson Violin Solo
・Book Of Saturday
・Nevermore
・One More Red Nightmare
・Caesar's Palace Blues
・Sahara Of Snow Part.2
encore
・Nothing To Lose
・The Only Thing She Needs
・Rendezvous 6:02

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011/04/13

UK 再結成公演に向けて

UkDangermoneyNightafternight
プログレ・ファンなら誰でも知っているUKの歴史を簡単におさらいして、今週末の公演(16日に見ます)の予習をしたいと思います。

UKの結成は1978年。当初キング・クリムゾン解散後のジョン・ウェットンとビル・ブラッフォードがイエスのリック・ウェイクマンを加えて EL&Pタイプのバンドを結成しようと目論みリハーサルをするも、ウェイクマンと所属のA&Mレコードが高額のギャラとバンド名に自分の名前を入れるよう要求したため頓挫したことから、ウェットンがロキシー・ミュージック時代の同僚であるエディ・ジョブソンを誘い、ギターの必然性も感じたことからブラッフォードが自分のソロ・アルバムに参加したアラン・ホールズワースを誘ったもの。

同年リリースのファースト・アルバムA面はプログレッシヴ・ロック特有のテクニカルでコンセプチュアルなものであったが、B面は各バンドとしての一体感よりもメンバーの個性が勝ってしまっている印象があって、後半はブラッフォード&ホールズワース色が強い。UKチャート最高位43位で、パンク全盛のイギリス音楽シーンではほとんど無視された状況となった。

ブラッフォード&ホールズワースはその後脱退し、ジャズ色の濃いバンド"Bruford"として"One Of A KInd"を製作。UK時代にジョブソンも作曲に参加し、ライブでもプレイされた"The Sahara Of Snow"も収録された。

ジョブソンはフランク・ザッパ時代の同僚であるテリー・ボジオをドラマーとして加え、キーボード・トリオによるテクニカル・プログレ色全開のセカンド・アルバム"Danger Money"を1979年3月に発表。1979年6月に初来日公演を行い、大盛況に終える。中野サンプラザと日本青年館の公演は録音されライブ・アルバム"Night After Night / UK Live In Japan"として発表される。

カーヴド・エア、フランク・ザッパを経てロキシー・ミュージックに非正式メンバーで参加し、キング・クリムゾンのライブ・アルバム"USA"でのヴァイオリン・パートのオーバー・ダブを請け負うなどして、EGミュージックの便利屋セッション・ミュージシャン的存在だったジョブソンとしては、初めてリーダーシップを取れたバンドだったので、自己の音楽性を思うままにアピールする格好の場所となった。

その後の欧米ツアーではインストゥルメンタル重視のジョブソン色が強くなり、ポップな音楽を目指していたウェットンとの相性が悪くなり、解散。

ウェットンはウィッシュボーン・アッシュ参加後、ソロ・アルバム"Caught In The Crossfire"を発表し、ゲフィン・レコードと契約。自己のポップ性を十分にアピールできたエイジアで大成功する。テリー・ボジオはフランク・ザッパ・バンドの元メンバー達とポップなミッシング・パーソンズを結成し、大成功する。

ジョブソンはUKが前座をしたことのあるジェスロ・タルに参加後、イエスに参加しそこない、ソロ・アルバム"Zinc", "Theme Of Secrets"を発表するも成功には至らず、ロック・ビジネスから引退し、CMやテレビドラマの音楽を製作する会社を設立。

1995年頃、日本のレコード・レーベル、メルダックが出資し、エディ・ジョブソン主導でUKの再結成レコーディングが行われたが途中で頓挫し、その後の会社解散によって音源はお蔵入りとなった。

長年音沙汰が無かったジョブソンは、2007年に突如新バンドUKZを結成しミニ・アルバム"Radiation"を発表、ライブ活動も再開して復活する。

ジョブソンは2009年にUKZとして、2010年に変動的なメンバーでプログレの名曲をカバーするThe Ultimate Zero Projectとして来日公演を行う。2009年のU.Z.Pの欧米でのライブにはウェットンが客演参加しており、UKとキング・クリムゾンの曲をカバー。その模様は2枚組オフィシャル・ブート"The Best of the U-Z Project Live"として発表される。
今回のUK再結成は実質的にはこのU.Z.Pの延長戦上にあるもので、ドラマーとギターにはUKZのMarco Minnemann、Alex Machacekが参加。

個人的にはジョン・ウェットンはソロで3回、エイジアで4回、スティーブ・ハケット・バンドで3回、ウェットン&ダウンズで1回見ていて、ジョブソンもUKZで2回、U.Z.Pで1回見ているので、展開は読めるのですが、去年見たエイジアは過去最高のクオリティだったし、ジョブソンも全盛期のテクニックを維持していたので、何らかのケミストリーを感じられればいいなと思います。

http://clubcitta.co.jp/001/uk/

過去のUKZ, U.Z.P, ASIAの鑑賞日記
http://thenoisehomepage.cocolog-nifty.com/small_talk/2009/06/ukz-e2a7.html
http://thenoisehomepage.cocolog-nifty.com/small_talk/2009/06/ukz-ee48.html
http://thenoisehomepage.cocolog-nifty.com/small_talk/2010/06/eddie-jobson-an.html
http://thenoisehomepage.cocolog-nifty.com/small_talk/2007/03/post_3056.html
http://thenoisehomepage.cocolog-nifty.com/small_talk/2008/05/asia_2008_b808.html
http://thenoisehomepage.cocolog-nifty.com/small_talk/2010/05/post-6f79.html

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011/04/08

URAKARA 最終回にむけて

Urakarajet01
本日4/8深夜放送分で最終回のURAKARA
現実に予想外のいろいろな運命のめぐり合わせが重ねあって、KARAを取り巻く状況は本当にフィクションのような展開となってしまった。

自分の中でのKARA熱が頂点だった時のドラマ開始。第1回はぎこちなさを感じたが、それでも何回も繰り返して見た。1/19の事務所離脱騒動のニュースを旅行先の香港のホテルで知った時は、ショックでしばらく部屋で寝込んでしまった。
その後のごたごたで第4話の撮影が間に合わず、総集編で間をつなぎ、パーティー編で時間を稼いでの日本編の撮影で、やっとドラマが軌道に乗った時は本当に胸を撫で下ろした。

途中で打ち切りにせず、最後まで諦めずに困難に立ち向かって撮影を完了させたスタッフとキャストには一新参者のファンからも心から感謝いたい気持ちだ。

その後のストーリーにはKARAの5人での団結がクローズアップされ、ギュリのリーダーシップに焦点を置いたりして、まるで現実とシンクロしているかのような展開となっていく。

撮影最終日の3/11。KARAがその日まで日本に留まって撮影していることは事前にニュースで知っていた。パク社長2号役のマイク・ハン氏のブログによると、もの凄く揺れて、誰もが撮影中止を考えたが、それでも何としてでも本日中に撮影を終えなければならないことを知っていたので、口に出せなかったとのこと。メンバーもスタッフもとても撮影を続行するような気分ではなかっただろうが、それでも夕方までにやり遂げたとのこと。そして打ち上げはできず仕舞いでkARAは韓国に帰国してしまった。

騒動によって精神的に辛かった時期に諸問題を克服しつつ、異国で初めて成し遂げたシリーズ・ドラマ撮影のクランクアップを、苦労を分かち合ったメンバーやキャスト、スタッフらと心ゆくまで労いあい、感謝しあって、感動したかっただろう。前述のマイク・ハン氏のブログによると、それはできず仕舞いとなってしまった。kARAや他のキャスト、スタッフの心中を察すると本当に辛い。契約消化のための3/20のUSJでの唯一のライブも中止になってしまった。

3/11の第9回の放送は中止となり、3/18に震災情報を伝えるL字テロップ付きで放送された。テレビ大阪で3/21に放送されたときはL字テロップはなかったが、テロップ版を録画された方には、未来のKARAファンの方に当時の状況を伝えるためにも残してほしい貴重な放送だと思う。

3/25のハラ主演の銀行強盗の回は前半ひっくり返って笑うほどの巧みな演出と編集がなされていて、何度も見直した。全員の演技もだんだんと円熟の域に達してきたような気がした。

しかし4/1の第11回でストーリーは急速に複数のプロットに分散され、収拾つかない状態に陥ってしまう。KARAの世界進出、マッド・プロフェッサーによるロボット社長2号操縦の種明かし、惚れさせ屋ミッションの秘密と過去の被験者であるアメリカ人演歌歌手ジェロの登場、とどめには宇宙人によるニコルへのインベーション。あと実質30分で全てを解決して、かつ最後にジヨンのミッションを成功させ、感動のフィナーレに持っていけるのだろうか。消化不良感が残らないかが本当に心配になってきた。

やはり離脱騒動による2話分欠落は大きかったのかもしれない。

韓国の芸能ニュースによると、ずっと停滞していた離脱問題の和解が解決に向けて最終段階に入っているとのこと。
発売が4/6に延期されたシングル『ジェットコースターラブ』は最終回前日にオリコン・チャートの1位に輝いた。メンバーと事務所の収益は震災への義援金として寄付されるとのこと。
当初では4/1にドラマが終了した後に発売される予定だったURAKARAのDVDもVol.1も同時に発売された。
ハラも韓国での初ドラマ『シティーハンター』の撮影が最終回翌日からクランクインとのこと。

現実までもがURAKARA最終回を盛り上げる壮大なフィナーレとしてシンクロしているような気がしてならない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年6月 »