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2013/11/14

追悼 Lou Reed (1942 - 2013)

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しばらく書けてなかったロックの話題。しかし最近は好きなミュージシャンの追悼文ばかりになっているようで悲しいです。

敬愛するロック・ミュージシャンで詩人のルー・リードが10月27日に肝臓疾患のため71歳で亡くなりました。

ルー・リードのライブは過去に以下の6回を見ています。

1990年07月30日 大阪フェスティバルホール
1990年07月31日 大阪フェスティバルホール
1992年08月07日 大阪フェスティバルホール
1996年09月23日 大阪フェスティバルホール
2000年10月27日 大阪サンケイホール
2003年09月17日 大阪厚生年金会館芸術ホール

ニール・ヤング、フランク・ザッパ、パット・メセニーと並んで私が敬愛して止まないアメリカのミュージシャンの一人でした。4人とも共通するところは、清流のように穏やかで優しく美しい音楽から、メタルを超越した轟音ノイズまで、何でもありの音楽性の裾野の膨大さです。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの話は置いておいて、ソロの初期数作を追体験した後に初めて聴き込んだのが1982年の"Blue Mask"で、前妻シルヴィアに捧げたラスト曲"Heavenly Arms"を毎日何回も聴きながら涙していました。

シンプルな編成の楽器の音の核がルー・リードの詩を研ぎ澄ましていくようなサウンドはこの辺りから出発し、1989年の"New York"で完成されたと思います。

1984年発表の"Live In Italy"のシンプルでピュアな内容が素晴らしく、この辺りから日本でもルー・リードの再評価ブームが始まったように感じます。

その後MTV時代を反映にした音作りの"Mistrial"があり、発売年の1986年にチャリティー・コンサートのジャパン・エイドでピーター・ガブリエルらと来日するも、東京のみで行けず。2日間のコンサートはその日にテレビで放送され、食い入るように見たのを覚えています。

1989年の"New York"が発表され、未だに個人的な最高傑作と感じているほどハマってしまいました。2本のギターとベースとドラムだけで、ごちゃごちゃした装飾音が一切ないこの作品はルーの詩の世界をじっくり堪能する上で最上の音楽でした。

翌年1990年にタイムリーに来日ツアーが発表され大阪で2回見ました。ドラムがヴェルベットのモーリン・タッカーだったので、さらにびっくり。しかもバスドラム無しで立ってタムを叩いていて、ドラムというよりパーカッションみたい。モーリンの参加でリズム隊の弱さが目立ちましたが、そんなのは計算済みで"New York"の大部分をセットに入れた圧倒的なパフォーマンスを見せてくれたルー。

直後に東京のみで行われたジョン・ケールとの"Songs For Drella"のコンサートは行けず。同内容のライブのレーザー・ディスクを見てガマンしたのを覚えています。

1992年の"Magic And Loss"、1996年の"Set the Twilight Reeling"、2000年の"Ecstasy"、2003年の"The Raven"と、要の作品を発表後に来日ツアーをしてくれたのは至上の喜びでした。

無名のまま歴史に埋もれてしまうところだった伝説のジャズ・ボーカリストのJimmy Scottをルーが"Magic And Loss"でゲスト・ボーカルとして起用し、一躍時の人にしたのも有名な話です。ジミー・スコットも2000年4月の来日公演を心斎橋クアトロで体験。

2003年のコンサートでは以前から師事していた太極拳の先生をステージに上げて模範の型を披露するという斬新ぶり。ドラムもおらず、チェロが加わった編成での意表を突いたライブを見たのが最後となってしまいました。翌年のFUJI ROCKの出演は見られず。

近年にメタリカと共作アルバム"Lu Lu"を出した時も、最初にニュースを聞いて全然違和感がなく、双方の大ファンとして「ルーとメタリカなら絶妙にマッチしそう」と感じました。しかしルーが「いかにも」とういような作品にするはずもなく、19世紀のドイツ古典ミュージカルを素材にするという、メタリカファンには掴みどころのないルーの世界にメタリカが轟音をぶちまけていくというメタル・ファンのウケを狙わないものでニヤリ。

92年からのローリー・アンダーソンとのロマンスも、当時あまり驚かず。ローリーはピーター・ガブリエルとの共演もあって、アムネスティ経由やバロウズやジョン・ケージなどとのコネクションで昔からルーと繋がっていたのかと思っていたら、92年に初めて交流があったそう。ローリーも昔のレコードを数枚持っていてお気に入りだったので、ベスト・カップルだと感じていました。

死後のニュースで2008年の結婚のエピソードや亡くなる直前の自宅でのエピソードなどを読んで涙。
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WOWOWの中川翔子が司会の洋楽番組で見た2012年プラハでのライブがほぼ最後のパフォーマンスだった模様。できれば最後にもう1度元気な姿を日本で見たかったです。

寡黙で陰険で気まぐれで鋭利な詩人、静寂と轟音の間を行き交う音楽家、ルー・リードを追悼。

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コメント

ザッパもそうですが、この手のミュージシャンって日本人で該当する人物っているかな、いないな。

余談ですが、関西ローカルのあの過激なラジオ番組のエンディングになぜかルーの曲が使われてましたよね。
関西在住のtangerineさんは知ってるかな(^^;

投稿: tak | 2013/11/14 21:07

>takさん

日本でいえば、早川義夫とかですかねー。でもちょっと違うかな。

"Coney Island Baby"がエンディングに使われていたというあのラジオ番組は友人に熱狂的なファンがいましたが、私は聴いてなかったのでした(^^;)

投稿: tangerine | 2013/11/15 08:21

ルーリード、やはりベルベットの音楽が原点のバンドって多いですね!CANとかその流れで。もう一度見たかったです。ベルリンライブも日本で見たかったです。RIP

投稿: kevin kazuki | 2013/11/21 19:23

>kevin kazukiさん

ヴェルヴェットを発端に「音楽を、演奏を聴かせる」から「アートとパフォーマンスでメッセージを伝える」手法としてバンドをする観念が推進されていったようですね。

ベルリン・ライブはDVDで見ましたが、本当に見てみたかったですね。

昔初めてベルリンに行った時、ホテルの部屋でウォークマンで「ベルリン」を聴いて感慨にふけったのを覚えています。

投稿: tangerine | 2013/11/22 03:20

KARAが好きでこちらのブログに辿り着いたのですが、tangerineさんのロック的な切り口からのレビューに魅了されました。
私も元々ロック畑の人間なので、毎度毎度KARAのカバーにはニヤリとさせられます。

Lou Reed死去は本当に残念でした。と言いましても、私はベルベッツ時代とソロ初期しか詳しくないので、紹介してくださったアルバム聴いてみます。

これからも更新楽しみにしています。

投稿: じよもん | 2013/11/28 19:03

>じよもんさん

コメントありがとうございます。

もともとずっとロックのブログだったのですが、3年前にKARAを知り、イベントなどでライブを見られるようになってからはK-POPの比率が高まりましたねー。

KARAのロック・カバー、ニコルのマイケル・ジャクソンやミシェル・ブランチ&サンタナ、ハラちゃんのジョーン・ジェット&ブラックハーツ、スンヨンのクイーンと、割とオールディーズな選曲がツボですね。今後のカバーにも注目したいです。

Lou ReedはNew Yorkが一番好きで、あのアルアムを景気に頻繁に来日公演をしてくれるきっかけになったアルバムと感じます。

ベルベット・アンダーグラウンドではNICOも1986年の初来日を京都で見ているのですが、その後亡くなり残念でした。

投稿: tangerine | 2013/11/29 18:18

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